怠惰な鑑賞の記録
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sara moonです。こんばんは◯
今夜は皆既月食らしいので、ちょっとそれまでの間
ブログを書いています
今日はブログにも度々登場している親友のlove!nPan!cのあやたんと
ルイ・ヴィトン展に行く予定でした。
(そういえば去年はGUCCI展に行ったはず、いつも誘ってくれる)
が、チケットは完売
「近くでこんなんあるよ」と提案してくれたのが
国立国際美術館の『非常の常』展
「全然系統違いそうだけどいいの?」
「いいw」※「笑」じゃなくて「w」
「じゃいっか」
どういう展示なのか全然知らなかったけれど
彼女が面白そうというものは間違いないから付いていこう
「まず地下3階へお進みくださいね」
「なんか前に会った時よりもかわいくなってる」
「そう?髪染めたばっかやからかな」
「そうかも、メイクも似合ってる」
「えーありがと」
「実は昨日1時間しか眠れなくて」
「やばw」
普段はせっかくだから全部見たい!
と意気込むタイプなのだけれど
今日はあまりにも身体が疲れていた
「とりあえず無事に見終われるの目標にするね」
米田知子 『絡まった有刺鉄線と花』(2015)
(非武装地帯付近近く・チョル ウォン・韓国)
「非常の常」という展示は、数名の作家で構成されていて
巡るうちに共通するテーマというものを
なんとなく掴むことができた。
自然災害や戦争、それによる政治的混乱や人間関係の分断
日常の喪失など
つまり「常態化した非常事態」
例えば、台湾の作家、袁廣鳴(ユェン・グァンミン)の『日常戦争』(2024)
何気ない日常の昼下がり、人のいないワンルーム
突然クッションに銃弾のようなものが打ち込まれ
羽毛が部屋いっぱいに広がる
金魚の入っていた水槽が割れ、ガラスの破片が飛び散る
本棚の書籍が燃え始める
しかしこれは映画などではない、あくまで日常なのだと
無声ながら確かに強調されていた。
日常の中にある、忘れてはいけない恐怖心を
思い出させようという意志が感じ取れた。
かと思えば、一見して平和で穏やかな映像作品の展示もあった。
だた、やはりどことなく非日常感がある。
作家ごとに纏まって、順番に巡っていくスタイルらしく
展示の内容や作風は全く異なっていておもしろい
特に印象深かったのは、
韓国人の作家キム・アヨンによる短編映画のような作品。
“dancer”と呼ばれるバイクの配達員は
AIの指示により荷物の配達業務をこなしていた
あるとき、トップ・ダンサーである主人公は
配達途中に自分とそっくりなダンサーに出会う。
韓国の現地でロケーション撮影が行われたそうだが
ゲームの世界に迷い込んだような独特な世界観に魅了された
…はずなんだけど、
わたしは気づいたら眠ってしまっていた
なんで??
眠りたい時に眠れないのに
起きていたいときに起きられないの、本当に悔しい
しかもかなりハラハラする展開に差し掛かっていたはずなのに。
切羽詰まった状況においても
女性の方の韓国語のナレーションが
あまりにも聴き心地が良かったことは覚えている。
「途中で寝ちゃったんだけど、、悲しすぎる
結局どんな話だった?」
「おもろかった、ちょいむずかったw」
もともと口数が多いわけではない
映画好きの彼女はかなり満足そうだった
いいなー、私も結末を知りたかった…
(こういうとき、怒らないでくれてありがとう)
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その後の展示を見ているときも
私は高確率で微睡んでいた
「なんか…、かなり寝ちゃったかも」
「ねむかったw」
この会話を誰かに聞かれたら
「つまらないと文句を言っている人たち」と
思われてしまうと思う
でも断じて違う、私たちは展示を心から楽しんでいた。
第三者の前に表すときには
「こんな展示が在ってくれてよかった」とか
単純に「楽しめてよかったよね」
と翻訳したほうがいいのかもしれない
(それは間違いないものの、やはりちょっと違うけれど)
そのことをお互いにちゃんと分かっているから
きっと私たちはうまく行っているのだと思う
本当に良い友だち、ありがとう。
言葉という意思疎通のためのツールでさえも
それを使う人によって連想するイメージは様々
(大学生のとき確か哲学のゼミでそんなテーマを扱ったっけ)
展示される作品も、それを観る人によって
受け取られるメッセージは大きく違ってくる
しかしどれもきっと、それぞれが尊いものだ。
その後地下1階まで上がり、常設展へ
たくさんの情報を鮮明なまま受け取るのもひとつだし
ぼんやりと「よくわからない」のなかで
ときどき浮遊しているのも、楽しみ方のひとつかもしれない
マイペースに展示を堪能できて良い時間だった
Lee Kit
音楽と映像、詩の融合みたいな作品も素敵
森本紀久子『親切な逆夢』(1963)
ちょうど昨日、流れてきて目にしたポスト
最近の『推し活』やら『趣味』やらが発信を前提にしていて、いずれ義務になってしまう論争を度々見るから、『怠惰な読書家』を名乗って、気随気儘に本を読んでいこう〜と広めていきたい。本を読む人が昔よりも少なくなっている今の時代に、1ページでも読んだら、それはもう立派な読書家です。
— 茉白 (@yty050) September 5, 2025
怠惰でも、気ままでも、きっと立派な鑑賞。
気合を入れすぎない距離っていいね
それでは月食見に行ってきます
Good night⚫︎
◉『非常の常』展◉
国立国際美術館(大阪中之島)
2025年6月25日(土)から2025年10月5日(日)まで
イベントURL https://www.nmao.go.jp/events/event/20250628_hijou-no-jou/